テレビ朝日 モーニングバード「大飯原発再稼働反対で人の壁」2012.7.2~江戸川・荒川「河口ホットスポット」に囲まれた浦安市20年汚染:浦安っ子の疎開を考える(都市濃縮・低線量被ばく)

子ども連れでもデモに参加できるくらい安全な首都圏を演出か?

デモの主催者から「東京のガレキ焼却反対」は禁句とのこと…

(以下、転載です)

「死」を認識する邂逅できない「絶望の七夕」。

http://blog.goo.ne.jp/nagaikenji20070927

曇りや雨が多い、今日の七夕。織姫と彦星が逢える可能性があまりないのは、今の日本の象徴な気もしますし、僕も同じようなモードの中で、とりあえずまだ生きているだけだなと思っています。ほんとに、とりあえず生きているだけだなと。「絶望の七夕」です。

しかし、僕よりも、みなさんは、生きることよりも、首都圏でいるからと、ごまかして過ごすことがかなり優先です。

みんな死ぬことに前向きなんです。おそらく、本質的には生きていないから。自 分という存在をきちんと生かすこと思考したことのない人たちが、大半の日本という国の中で、特に酷いのは東京です。自分の命をどうやって生かすのかという 問いを突き付けられても、そのことを受け止めて、きちんと考えようとす る人間は、実は、ほとんどいないという現実がはっきりしてきました。特にこの東京では、その思考をごまかす人々が大半です。何をどう話しても「私が決め る。指図は受けない。」と言いながら、本質は何も決めることはできない。決めることから逃げる。そうした人々しか、東京にはいない気がします。しかも、死 ぬことに前向きというのは、「死」を覚悟しているという話ではなくて、本当は生きることにいい加減だということにすぎません。あはれです。

主催者のみならず、デモに参加するという事そのものも、「死」という覚悟をしていないと、僕は思います。本質的なデモであれば「死」は不可避な場合があります。真剣に思考すれば、そこをポイントに参加を考えますし、子供を連れて行くことは、東京の狂気そのものです。

僕が大学時代に一度所属したサークルは、長年樺美智子さんの、父上が、長年、 顧問をしていた社会心理系統のサークルでした。サークル内に放置されていた大昔のデモ呼びかけのビラや、機関誌を読んだ時に、彼女が亡くなったことを当時 の大学生たちはどう受け止めたのかと、考えたことがあります。こうした思考をする僕からみると、「死」の覚悟がないまま、デモにつながっていく感覚の首都 圏の人々は、浮遊しているなと強く感じます。ああした現場は、「死」というものを意識しないと足が運べない場所です。その覚悟が、どこにもない。

甲信越で比較的汚染度の低いエリア(土壌汚染)から、頂いたメールです。

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初めてメールをさせていただきます。

「僕の意識では、徹底して闘うしかないと思います。」を読まさせていただき、自分の
中にあったモヤモヤがはっきりと認識できました。

今まで自分の中にあった「モヤモヤ」は以下です。

①首都圏をはじめとする汚染地域での様々な活動(反原発、市民測定所など)を
自らも危険な場所で継続することの「矛盾」

②「生き死に関わる切迫感」よりも「政府のやり方」「電力会社の体質」に対しての異議申し立て
に重きが置かれている印象が強いのは何故か?

③「汚染地域から逃げたい、離れたい」という活動・行動よりも「反原発」「脱原発」「内部被曝を防ぐ」
が先行しているのは順序が逆なのでは?

比較的汚染度の低い地域(注。関東より西)に住んでいるためにこのような見方になってしまうのかも
しれませんが、今後汚染地域の当事者になれば私は家族を連れて逃げ出そうと常に考えています。

木下様と同じように、常に考えのベースにあるのは「死」であります。
3.11以降「死」が身近になりました。

「死」の意識なくして「反原発」「脱原発」「内部被曝を防ごう」を叫ぶ意味はないと考えます。

ところが今現在も、「私たちはこれから先も生き続きられるでしょう」を前提とした今まで通りの
人間生活が営まれているように見えます。

状況が変われば自分の座標も変わるのが自然だと思うのですが、自分達の座標が変わったことを
「見たくない」「認めたくない」という意識を持つ人が多いのかもしれません。
自分の周囲の人達は大方はそうです。

自分や家族に対して残酷にならないといけませんし、現実の冷酷さを直視できる人間はあまり居ない
のかもしれません。

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「死」というものと、人は隣り合わせで生きているものですが、その感覚が、さ らに薄紙一枚になったのが、今回の事故後の話です。すべてのことが、それを前提に思考しないと成立しなくなりました。残念ながら。その意味では、日本は従 来あった日本とは、様相は大きく異なりました。このことを過剰に大丈夫と考える人々は、大きな間違いを犯すと考えています。

FukshimaVoiceで「毎週首相官邸前で行われる抗議デモに対する木下黄太のスタンス」として英文記事が、掲載されたそうです。
http://fukushimavoice-eng.blogspot.com/2012/07/kouta-kinoshitas-stance-on-weekly.html

主催者発表ベース(実数とはかなり違う)で、四分の三になった模様。25%減っている。実数が、前回六万なら、今回四万五千人。前回八万人なら今回六万人。前回十万人なら今回七万五千人。雨の影響が大きいだろう。前回より万単位で人数は減ったことは事実です。

関東内にいらっしゃる方からは、放射性物質が高濃度に集積した「黒い物質」 が、環境下のここかしこに存在している状態を認識し、計測までご自身がしているのに、麻痺し始めている自分が怖いという本音が吐露されています。このお気 持ちは、とてもとてもよくわかります。麻痺するのでしょうね。関東では、特に。今までと、変わりない日常が続いてほしいという願望。しかし、それが願望と いうか幻想でしかないのは、現実に、日々大量の放射性物質が環境下にあたりまえにあることを確認し続けている事。周りの人々の健康状態に微妙なずれがおき ているという事。それを認識し始めているという事。こうした感覚は、とても強いものです。これは、大切なポイントです。

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僕は計測してきたからわかります!
大人の事情で未だ解決できません!
70000ベクレル以上の黒い物質が野ざらしの中で、とても暮らせる環境とは思えないです!
鼻血を出す子供の存在やオシッコからセシウムが検出、目の下にくまのある子供たち!
大切な仲間もいるなかで後ろ髪を引かれる思い
僕は何と戦っているのか?
どうしたらよいのか?何をしたいのかわかりません!
ですが野ざらしの黒い物質は現実に存在しているわけで
残念ですが放射能は安全となっているここでは暮らせていけないと思います!
ここにいると濃縮した黒い物質も毎回見ていると麻痺してきている自分が怖いです!

僕は今家族を守るため移住を計画しています!

良くわからない文ですいません。

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「関 東・南東北の被曝エリア(東京全域を含む大半のエリア)にいる皆さんは、放射性物質の少ないエリア、できれば愛知県から西のエリアに、移住するべきです。 妊婦、子供、未成年、妊娠可能な女性は優先して移住すべきです。他の皆さんも極力移住してください。被曝から一年が経過しています。初期被曝は深刻で、慢 性被曝の影響がさらに危険です。食物、飲料のみならず、吸気による被曝も軽視できません。回避する方法は限定的です。あなたやあなたの家族の命が何よりも 大切です。一刻も早く移住してください。」

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