イタリア国営放送RAI2制作番組ドキュメンタリー「キエフ病院の子供たち 2011 – 原発事故のもたらしたもの 」が伝える大事なこと:浦安っ子の疎開を考える(都市濃縮・低線量被ばく)

チェルノブイリから25年たった今、キエフの病院でのレポート。

ウクライナにおける1990年当時の子供の人口は1,100万人でしたが、2011年においては、800万人に減少しているとのことです。

奇形や小児ガン罹患者の数も、奇形の出現数も、今現在も減少傾向にはなく、この病院に
入院した癌に罹患した子どもたちの1歳までの生存率は、わずか10%であるそうです。

国内メディアの伝えないことが何かわかってきます。

(ナレーション)
ユリオロフ博士はキエフ病院の小児神経外科医。

(ユリオロフ博士)
「この小さなヒーローは生後4日。手術の準備をしています。
この子は、二分脊椎症。
この子は、頭蓋骨腫瘍、鼻道に達しています。
この子は、脳水腫、今のところ手術できる見込みはない。」

(母親)
「私は部屋が空くのを待っているところです…」
「先生、私たちを助けてください!」

(ユリオロフ博士)
「ここは術後回復室と手術室」
「この子達は脳の手術を終えたところです」
「ここにも2人の子が」
「彼は悪性腫瘍、すでに一度手術を受けています」

(ナレーション)
キエフ公立小児癌病院がなんとかやっているのは、
ユリオロフ教授や人材、器材を提供した
イタリアの非政府組織ソーレテッレという団体のおかげです。
ソーレテッレがこの病院を最初に訪れた時、
ユリオロフ教授は肘台もなく、切開は手動のこぎりでしていました。

(ダミアノ・リツィ/ソーレテッレ)
「私たちがここに、小児神経外科を作りました。現在も腫瘍手術の最前線です。
三歳以下の脳腫瘍の手術件数は6.2倍にもなっています」

(ナレーション)
低線量の被ばくでも遺伝子の染色体に影響を与え
奇形、悪性腫瘍をもたらすというのは明らかです

(ユリオロフ博士)
「毎年ウクライナでは500から600人の奇形の子供の手術をします」
「1990年、ここには1100万人の子供たちがいました。
現在は800万人ですが、奇形の出現率は変わっていません
つまり、奇形の出現率は増加しています」

(ナレーション)
放射線は、子供達の遺伝子を変えつつあるのです。

(ダミアノ・リツィ/ソーレテッレ)
「ここでは放射線の被害を見ることができます」
「日本なら見せないでしょう」
「この国は貧困のために情報流出を阻止する手立てがないからです」
「だからウクライナは世界中に子供たちが癌に犯されている事実を示すのです」

(インタビュアー)
「これらの癌の子供たちは、どのくらい生き延びることができるのでしょうか?」

(ダミアノ・リツィ/ソーレテッレ)
「とても少しです。というか、多くが1歳未満で亡くなります。
約10パーセントの生存率です」

(ナレーション)
ユリオロフ博士は休むことなく手術を続けます。
全ての資材が不足している病院で。化学療法薬も、鎮痛剤さえ足りません。
よく見て下さい。看護婦はガーゼで口を覆っているだけです。
ここではマスクさえ不足しているのです。

原発から100キロ圏内の、ウクライナ周辺の多くの町の
子供たちがここに来ます。
貧しい家族です。
ここにたどり着くために全財産を売り払ってです。

(若い母親)
「息子は脳腫瘍です」

(インタビュアー)
「息子さんの病気は、チェルノブイリ原発の事故によるものなのでしょうか?」

(若い母親)
「私はそうだと思います。チェルノブイリのせいです。
事故で汚染されたウクライナの環境のせいです」

(インタビュアー)
「あなたはいつ生まれましたか?」

(若い母親)
「1986年です」

(インタビュアー)
「同年代で、息子さんが病気の母親を知っていますか?」

(若い母親)
「私の町、ミエプペトロフスカでは私と同じ時期に出産した殆どの母親が
病気の子供を抱えています」

(ナレーション)
外泊が許される子供たちはソーレテッレが提供した家に泊まります。
ここにもミエプペトロフスカの子供がいます。

(子供)
「2日前にミエプペトロフスカから来たの」

(インタビュアー)
「お兄さん、お姉さんはいるの?」

(子供)
「三人兄弟、三人姉妹がいる」

(インタビュアー)
「7人兄弟だ、すごいね…ここにやってくる?」

(子供)
「来ない」

(インタビュアー)
「きっと来るよね」

(子供)
「お金がないから来れない・・・切符を買わないといけないから」

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