ドキュメンタリー「その日のあとで~フクシマとチェルノブイリの今~」(MBS)が伝える大事なこと:浦安っ子の疎開を考える(都市濃縮・低線量被ばく)

6月26日 小出裕章氏出演ドキュメンタリー
「その日のあとで~フクシマとチェルノブイリの今~」(MBS)
(以下、転載です)
25年前旧ソ連のチェルノブイリ原子力発電所で事故が起きました
放射能の汚染は史上最悪の規模になりました
そして今も事故の影響によると思われる病気で苦しんでいる子どもたちが大勢います
取材者:べラルーシュと同じようなことがこんが日本でも起こるようになるでしょうか
ベラルーシの医師:残念ですが繰り返してしまうでしょう
3月15日
この日福島第一原発の2号機で爆発が起き4号機でも火災が起きていました
今起きている事態を確かめようと大阪府熊取町にある京都大学原子炉実験所を尋ねました
正門の前で実験所助教の今中哲二さんに出くわしました
今中:もう もう チェルノブイリになっちゃった
んー・・・もう・・・使用済み燃料がどんどん・・・・あの瞬間私涙出ちゃった・・・
あれはね、ちょっと、詳細は分からないけれども 格納容器がないからね
使用済み燃料がいっぱいたまっているところで
そこに水がなくてむき出しだから・・・そうだったら、もう、チェルノブイリはね・・
取材者:4号機?
今中:うん、4号機の事です
実験所の助教 小出裕章さんを訪ねることにしました
 取材者:先生、こんなことで本来来たくはなかったんですけど今起こっているという事をまず伝えていただけますか
小出:本当に私達が恐れている破局的な事態に向けて
一歩一歩進んでいっている事態だと思います
取材者:何が一番問題ですか?いま
小出:今回の場合は地震に襲われまして まず原子炉が停止しましたので
自分で電気を起こすことが出来なくなりました
外部の電源も止まってしまって、送電が止まって停電になった訳で
自分は発電できない。外部からも電気が受けられなくなったという事なのです
東京電力はもともとそういうことを想定していて
そんな事はあるかもしれないと考えていて
そういう場合には非常用のディーゼル発電機を動かして 電気を自分でおこすから大丈夫だと言っていたわけですね
ところが今回の場合は津波が同時に襲って非常用の発電機を全部破壊してしまったわけです
そうなると、自分で発電できない、外部からも電気を得られない、非常用の電機も動かないということで
一切の電気を失ってしまった
そうするとポンプが動きませんので原子炉を冷やすことが出来ない
冷やすことが出来ない原子炉は溶けるしかないということで
一歩一歩溶けるという方向に向かってきてしまっているというのが現在です
小出:-取材電話ー日本の場合は卓越風が西風ですから
その日し風がずっと吹いていてくれるならば福島から出た放射能は太平洋の方に降っていく訳です
ですから、日本人は助かるという事になる訳で・・・-電話終わりー
私が東京電力にエールを送る事態になるとは思ってもいませんでした
3月22日
広島出身の今中さんは原子力開発のマイナス面に着目し
とくに、1986年に旧ソ連で起きたチェルノブイリ原発事故に関して専門に研究してきました
今中:僕は出来たら来週現地へ測定に行こうと思います
取材者:福島第一原子力発電所へ?
今中:そうです。できるだけ近付いて線量を
今現在、事故が始まって2週間の段階で、
周辺の避難されている村の放射線量がどれくらいであるかというのをきちんと測っておく必要があると
実際に入れるかどうかは知りませんけども
そうしますと、私自身の頭の中に チェルノブイリの時の放射線量が頭にありますから
それと比較することによってその事故の規模を はっきりと示すことが出来るんではないかと
3月28日福島
この日朝 今中さんは福島県の飯館村に向かいました
村は緊急避難区域ではありませんが 放射線量の積算値が高くなっている地域が出ています
車内「ここから飯館村です」
わーわーわー・・・2,9μシーベルト
福島第一原発の北西25キロから45キロの所にある村は
事故後の風や雨が災いして放射線量が高いいわゆるホットスポットであることが分かりました
地図を指さしながら
今中:峠のこっち側で雲が来ている時に雨が降って・・どうもそういう説で説明できますから
だから、これがこっちにどの程度まで広がっているのかを押さえましょう。午前中に。ね
京都大学原子炉実験所の今中さんらの調査チームは
村内をくまなくまわって空気中の放射線量や土壌の汚染の度合いを調べました
「23μシーベルト/h」
「うー24・・」
日本の法律では一般人の年間被ばく量の限度は1ミリシーベルト
つまり、1000μシーベルトと決められています
今中さん達が計測した一時間当たり20μシーベルト以上を 一日8時間 1年間続けたとすると
年間およそ60ミリシーベルトになります
これは一般人の被ばく量の60倍で原発作業員の年間被ばく限度量である50ミリシーベルトをも上回ることになります
調査を終えた今中さん達は村長に結果を報告しました
今中:・・・・・・役場に入る時に測定器を2種類用意しまして
ポイントポイントでそれを測定したと、それで、午前中はですね・・・・・・
その後今中さんは地点ごとに測定した空気中の放射線量を投稿戦場のグラフにまとめました  13:06グラフ
その結果村の南部では北部に比べて高い放射線量が認められました  (17μシーベルトの地点もあり)
今中:そうですね
今現在の恐ろしさという意味では
先々になって子どもさん達に癌が出てくる
大人の方も含めてがんが増えるのではないかと
それのリスクがどれくらいですよという事を合理的に説明することだろうとおもいます
25年前に起きたチェルノブイリ事故では
その後被災地域で子どもの甲状腺がんや白血病が増え田という報告が上がっています
今中:僕は涙流すしかないです
あの、ここの今の現状がどうで どのくらい被ばくするだろうという事は
僕は言えます。ある程度自分の責任で。
それで、移住するとか避難するとか言うのはそれぞれの判断ですから 僕からは言えません
多分村長さんはそういう意味では
行政は何らかの判断をしなければいけないという非常に苦しい立場だと思います
ですから、我々専門家が出来る事は
そういう行政なり普通の人々が判断できるための情報をきちんと出していくという事だと思っています
そのために私は今ここに来ているつもりです

4月13日
今中:チェルノブイリは原子炉そのものがドカンといって吹っ飛んだようなものだが
それに比べて今回は 炉心が溶けてじんわりじんわり放射能が出てきていると
だから、比較的揮発性のヨウ素とセシウムがメインだと
取材者:チェルノブイリとくらべると
今中:同じですよ
やっぱりチェルノブイリの・・迫力と言ったら変だけども
原発が事故を起こしたら周りの20K30キロにわたって いっぺんに人が住めなくなるよと
そういう事態が生じていますから 基本的におんなじことが起きているんだと思います

ゴメリ(ベラルーシ)
ベラルーシ第二の都市ゴメリはチェルノブイリ原発から150Kの所にありますが
高濃度の放射能に汚染されました
ベラルーシやウクライナでは
チェルノブイリ原発事故の5年後から甲状腺がんの子どもが増え始めた事が分かっています
ゴメリで甲状腺の手術を受けた子どもを保護する団体を21年前に始め
ユーリをはじめ他の子どもの面倒を見てきたワレンチーナさんは
チェルノブイリ事故の後に生まれた子どもにもがんなどの病気が多いのは
汚染された食べ物などから放射性物質を体内に取り込んで起きる内部被曝が原因ではないかと考えています
ワレンチーナ・ポホモワ:食べ物について誰も本当のことを言わない
測定もしていません
店で買い物をする時に尋ねても線量は基準値以下と言われます
でも環境の綺麗なところに住んで綺麗なものを食べていれば
こんな病気にならないでしょう
ベラルーシの首都 ミンスク郊外にある 子ども健康回復センター”希望21”は
放射能汚染地域に住む子ども達の健康回復を目的に1994年に開設されました
また、このセンターでは子どもたちが身体の中に取り込んだ放射性物質を 外に出すのに効果がある食事を提供しています
イレーナ:第一にできるだけ汚染されていない食べ物を食べる事
それもペクチンが多く含まれてれている物を食べる事です
ベラルーシでは3歳から18歳の子ども165,000人が今も放射能の汚染地域に住んでいます
がんなどの病気の発生は汚染地域に多いとされていますが
甲状腺がん以外はチェルノブイリの事故が原因と認められていません
国は統計調査を一切公開せず、いわばタブーになっています
イレーナ:私達はチェルノブイリの影響はまだ100年続くと考えています
ところが政府や学者たちは
住民の被ばくは自然放射能によるものだとか
毎年やっている肺のレントゲン検査によるものだと主張しているのです
4月29日東京
京都大学原子炉実験所の小出さんの講演会です
小出:原子力発電所というのは今から聞いていただきますが
とてつもなく巨大な危険を抱えたものです
それを、電気を使う都会では引き受けることが出来ずに過疎地に押し付けて
長い送電線を使って都会に電気を送るという事をやっているものです
それに気が付いたのは私は40年前でしたが こんな事故が起きる前にと思ってきたのですけれども
とうとう事故が起きてしまいました
いま、福島の人達を中心にとてつもない悲劇が進行しているわけで
それを防げなかったという事を なんとも言葉では尽くせない無念さで いま毎日を過ごしています
また、原子力という場に携わってきた人間の一人として 今回の事故を防げなかった責任が私にもあると思います
皆さんに対して本当に申し訳ありませんでした。ごめんなさい
5月22日大阪
今中:我々、原発は事故が起きるよ事故が起きたら大変だよと言って
彼らは大丈夫だ大丈夫だよという事を言っているわけですけれども
それはあくまでも方便だと
原発を作るための方便だと思っていたんですけれども
どうも、今回の事故を受けて、原子力安全員会の委員長や東京電力などの対応を見ると
原発は絶対に安全だと思っていたふしがありますね
そして突然「想定外」だと言いだすんですけれども「想定外」何て起こるのは当たり前だと・・
研究者としてこれまでウクライナやロシアで調査にあたってきた今中さんですが
これからは逆に日本で実際に事故が起きてどのようになったかを報告しに行かなければならないと考えています
5月23日東京永田町
この日参議院の行政監視委員会の参考人として小出さんが出席することになりました
小出:私はもともと政治大嫌いでして
こういう場所に自分で来たいと思った事はありませんけれども
ことがことで、何とか福島の人達の苦難を少しでも減らしたいと私は願いますし
そのために今日の場が役に立つのであればと思って私は来たわけですし
国会という場、むしろ国家の機関が、私の意見を聞くという事は
原子力の歴史の中では かつてあり得なかったことだと思いますので
行政監視委員会映像
小出:現在進行中の事故にどうやって行政が向き合ってきているかという事についても
大変不適切な対応がわたしは沢山あったと思います
防災というものの原則は危険を大きめに評価して あらかじめ対策をとって行く 住民を守ると
もし危険を過大に評価していたのだとすれば
これは過大だった。でも住民に被害を与えないでよかったと言って胸をなでおろす
それが防災の原則だとおもいますが
実は日本の政府がやってきた事は 一貫して事故を過小評価して楽観的な見通しで行動してきました
パニックをさける唯一の手段というのは正確な情報を常に公開する態度だろうとおもいます
そうして初めて行政や国がが住民から信頼を受ける そしてパニックを回避するんだと私は思ってきたのですが
残念ながら日本の行政はそうではありませんでした
常に情報を隠して危機的な状況じゃないという事を常に言いたがるということでした
広告