子どもたちの浦安からの疎開方法を考える(母子避難による集団転校)

@baburoco: いいやり方だな。東京もこうゆう動きが加速してくるだろな。

@koujichin: 島根へ、集団避難。「関東では子どもが倦怠(けんたい)感を訴え、鼻血が続いた。」

http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/shimane/news/20111012-OYT8T01116.htm

(以下、転載です)

自然豊か 島根県で前向き生活 福島原発事故7か月

元保養所の広い食堂で夕食を囲む梶谷さん(左から3人目)ら。交流の場にもなっている(島根県大田市三瓶町志学で)

福島第一原発の事故から7か月。島根県内には、放射能の不安を感じ、原発から離れた東京都から避難してきた人たちもいる。

三瓶山(大田市三瓶町)の麓 で集団生活をしている母子3家族8人。自然に囲まれ伸び伸びと暮らし、避難者同士や地元住民との交流の場づくりにも取り組み始めている。

東京都港区から避難した歌手梶谷美由紀さん(40)、ヨガ指導者高橋由紀さん(33)、主婦長谷川直子さん(35)の3家族8人。11月には都内からもう1家族が移住する。

3家族は、震災後のボランティア活動を通して親同士が知り合った。関東では局地的に放射線量が高い「ホットスポット」が点在し、子どもが倦怠(けんたい)感を訴え、鼻血が続くなどしたため、集団避難を決めた。

梶谷さんは大田市出身。古里が被災者を受け入れていることを知り、市を通じて市三瓶町志学の元保養所(木造2階建て、延べ約344平方メートル)を無償で借り、8月上旬、3歳~小学6年生の子どもらと移住した。

子どもたちは2学期から近くの市立志学小に通学。仕事で東京を離れられない夫たちは週末に訪れる。都合で島根を何日も離れなければならない母親 は、他の家族に子どもの面倒を見てもらう。志学まちづくり協議会長の鈴垣英晃さん(69)が野菜を届けてくれるなど、地元住民も支えてくれる。

元保養所という広さを活用し、交流の場づくりも始めた。温泉街の保養所として使われていた建物だけに、2階は寝室が6部屋もあり、1階は食堂や大 勢がくつろげる広いスペースも。梶谷さんらは8月下旬、県外の市民団体関係者を招き、地元の人たちに震災や放射能について知ってもらう講演会を開いた。

今後、12月末まで入居するが、志学地区を拠点に避難者同士で交流会を行ったり、子ども向けのヨガやアロマの教室を開いたりするなど、被災地の親子が短期間でも滞在できる仕組みづくりを模索していくという。

梶谷さんは「三瓶は昔から温泉や保養施設があり、よそから来た人をもてなす風土がある。ひっそりと避難するのではなく、楽しく息抜きできるような 場所にしたい」と話し、高橋さんも「『逃げて来た』と、さいなまれる避難者も多い。ここでゆっくりして、また前向きに暮らしていけるようになってくれれば」としている。

(2011年10月13日  読売新聞)
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@onodekita onodekita
こどもを守ることは、将来を見ることになる。将来の子どもにとって、今自分がしなければならないことを念頭にお母さんたちが一生懸命活動している。
そしてそれを、理性があると考えている男らが、ヒステリーだとバカにしている。
自分が母親に生んで育ててもらった恩さえ忘れて…
2011.10.11
@kazuppo616 ユキンコマル
小さな子どもは、自分の体調を言葉で言い表せないから、子どもと自分の体調を観察して、親でもこれだけ影響があるなら、子どもにはもっとあるんだろうと、想像するしかない。避難を固く決意した理由の一つ。
2011.10.13
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